プロローグ
真冬の寒さが身に堪えます。この時期にフィールドに立つ元気は、さすがにないです・・・。
そこで、今季の渓流開幕を待ち侘びつつ、自宅で出来る簡単そうな釣り道具の自作をやってみることにしました。
心惹かれるのはやはりテンカラ釣りの道具たちですね。
過去に読んだ「テンカラ解体新書」(石垣尚男さんの著作です)で紹介されていたのですが、テンカラ釣りの達人たちによる、もはや芸術品レベルの自作仕掛巻や毛鉤ケースが脳裏に浮かびます。
テンカラ解体新書
しかし、私にはそれらの掲載作品をコピー出来るだけの製作技術はありません。
そのため、木工の心得ゼロの自分でも頑張れば作れそうなものという視点で考え、箱が出来ればそれなりの見栄えになりそうな「毛鉤ケース」を作ることにしました。
バンブーフライボックス/FF
箱の部分を形成する材料として「かまぼこ板」を使います。
さて、このかまぼこ板は何の木で出来ているかというと、北米産のモミ(ホワイトファー)が価格も安定し、供給も比較的安定しているため広く使用されています(よろず研究室だよりVer.5 舞鶴蒲鉾協同組合を参照)。
工作との相性はいいようで、かまぼこ板DIYを楽しんでいる方も多くいるとのこと。
かまぼこ板が工作材としてネット上で取引されているようです。
まあ、トイレットペーパーの芯も取引されている時代ですから驚くことではないですが。
かまぼこを2個スーパーで購入し、本体はわさび醤油でいただきます。
その後、板を洗って2日ほど乾かしてから加工に入りました。
かまぼこ板を用いた毛鉤ケースの自作についてのブログ記事や、図書館で借りてきた木工の入門書を参考に、製作の方法や手順、完成図についてイメージしていきます。
工作にまともに取り組むのは、おそらく中学校時代の美術の授業以来かな。
かまぼこ板2枚をそれぞれ彫刻刀で彫り込んでトレイのように成形し、彫り込んだ面が内側に来るように合わせて小箱用の蝶番と留具を取り付ける算段です。
さらに、これは完全に自分の趣味ですが、表面上部に装飾として「源氏香図」のパターン記号の1つである「花宴」を彫り込み、下部にアクリル絵具で「桜」を描くというイメージで制作に取り掛かります。
かまぼこ板を彫る
まずはかまぼこ板の彫り込みです。
かまぼこ板のサイズは縦105ミリ、横45ミリ、厚さ10ミリの長方形です。四辺に各5ミリの縁を残すため、鉛筆で墨付けをします。
また、同じく深さが5ミリとなるよう、かまぼこ板の外側の断面に墨付け。
これらを目安に彫り進めるのですが、実際にやってみると、彫り易い方向と彫りづらい方向があることに気が付きます。
そこで木工の入門書をチェック。彫るときは順目(ならいめに)彫り進めていくのがセオリーで、逆目(さかめ)になると、場合によっては板を割りかねないくらいに板に食い込む場合があるとのこと。
主に丸刀、平刀、切り出し刀の3種類を使って彫り進めていきます。
かまぼこ板は材が裂け易いようなので、作業には細心の注意が必要です。
だいたいの形が現れたらサンドペーパーで研磨します。
サンドペーパーは粗目、中目、細目の3種類を用います。
また、外側の長辺の部分について、刃の部分にカッターナイフを使用する安価なカンナで面取りします。このカンナ、思ったより使い方が難しかったです。
面取りを幅1ミリにセットしましたが、ここでも材の順目と逆目を考慮に入れる必要があるようでした。
そこに思いが至らず漫然と作業をしたところ、材は逆目だったようで刃が深く入り過ぎるという不覚。
やはり道具はいきなり使いこなせるものではありません。
仕方なくサンドペーパーで研磨して出来る限り形を整えようとしましたが、シンメトリーには程遠い仕上がり。
これも手作りの味わいと自分を納得させる他はありません。
図像を彫る
次に蓋となる側の上部に、装飾として源氏香図「花宴」を浅く彫っていきます。
ここで源氏香図とは、香道において用いる縦5本の線を基本として構成される図像のことをいいます。
各線の示す香りは、右から第1香、第2香、…、第5香の順と決まっています。
源氏香において、5つの香りを「聞いた」後、同香だと思ったものの頭を横線でつなぐことで源氏香図が表現されます。
上図のように、1番目の香と3番目の香が同じで他は全て異なる香であれば「花宴」ということになります。
全部で52通りのつなぎ方があり、源氏物語全54帖のうち、桐壺と夢の浮橋の2帖を除く52帖の巻名が一つ一つの図に附されています。
源氏香図は、その芸術性の高さからか、着物やその帯、重箱などの模様、家紋としてもよく使われています。また、和菓子においてもこれを模しているものが存在するとのこと。
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私は、ミステリ作家の北村薫さんの著作「遠い唇」(角川書店 2016年)や恩田陸さんの「黒と茶の幻想(上)」(2006年 講談社文庫)の中で、源氏香図が暗号として効果的に使われていたので興味を覚えました。
遠い唇 (角川文庫)
恩田陸 小説 黒と茶の幻想 上 下
そこから派生し、いままで興味が湧かなかった紫式部の「源氏物語」を読んでみる気になりました。
しかし、「源氏物語」は難解な古典のようです。ここでも初心者の私は、わずかな検討ののち、まずは田辺聖子さんの「新源氏物語」(1984年 新潮文庫)あたりから入るのがよさそうだと思い、上中下3巻および「新源氏物語 霧ふかき宇治の恋」(1993年 新潮文庫)上下2巻を購入して読んでみました。
するとこれがまた面白く、かなりのボリュームながら1ヶ月弱の短期間で読破。
その柔らかく美しい描写に惑溺する読書を堪能・・・。
新源氏物語 上中下巻セット (新潮文庫)
・・・話が逸れました。
図像としてはシンプルな源氏香図です。しかし私にはこれをフリーハンドで直接描く技量はないので、まずエクセルを使って作図します。
線の幅がおおよそ2ミリとなるようエクセルのマス目の大きさを調節しますが、画面に表示されるピクセル数は長さの単位ではないらしく、〇ピクセル=〇ミリと算出することが出来ないようです。なのでパソコン画面に定規を当てて目視で作図しました。
図像そのものは直線的で単純なデザインなのであっという間に完成。
プリントアウトした図像を裏返し、輪郭を100円ショップで購入した白いチョークでなぞります。
その後、図像を材への貼り付け可能な大きさにカットし、チョークの付いた面を下にして、転写位置に合わせてセロテープで固定します。
そして、シャープペンシルを使って図像の輪郭をなぞると、チョークが材に付着して図像が転写されました。しかし、これだけでは薄くて心許なかったので、更にシャープペンシルで上書きしました。
かなり手間のかかる作業です。
次に、墨付けした図像を彫刻刀で浅く彫ります。
この作業では小丸刀を中心に使用。木工の入門書にもありましたが、平らに彫るのはかなり根気のいる作業です。
きっとこの根気を保てるか否かが、作品の出来を左右するのでしょう。
彫り込んだ部分をサンドペーパーで出来る限り平らにして完了。
組み立てと下塗り
次は組み立てと下塗りです。
まず、蝶番の取り付け位置を確認するため、実際に取り付けてみます。
かまぼこ板は全長105ミリで、今回は外枠の幅を5ミリ程度にしています。
端から20ミリの位置に蝶番の上端を合わせ、穴の中心部分にクジリで穴を開け、蝶番に付属のネジをドライバーでゆっくりとねじ込んでいきます。
外枠の幅が5ミリと狭かったので、材がひび割れないかとても不安でしたが、その不安はやはり的中しました。
それほど目立ちはしないものの、ネジ穴を始点として縦方向に若干の亀裂が生じました。
仕方がないので、蝶番を取り付けるスペースを1ミリほど平らに彫ってごまかします。もともと蝶番を閉じた時の状態を考慮に入れるとやっておくべき作業なのですが、今回の蝶番は薄かったのでこの手順は省くつもりでした。しかし必要に迫られ結局やる羽目に。なかなか楽はさせてもらえません。
蝶番の取り付けはセンシティブな作業でした。何度か取り付けと取り外しを繰り返して適正な位置を探っていきます。結局ベストな位置は探し当てることが出来なかった気がしますが、ある程度のところで妥協します。
次に留め金を取り付けてみましたが、ここが最大の誤算でした。
ネジの先が5ミリの外枠の幅を1ミリ強オーバーして内側に突き出してしまいました。ここでも自らの不覚を恥じるより他はありません。どうごまかそうかな・・・。
気を取り直して下塗りに移ります。全体にグロスメディウムを塗って光沢を出すのですが、乾きが早いのでこの工程は容易でした。
絵付け
次に、自分の中では最難関の絵付けです。
源氏香図「花宴」との組合せで最も映える絵柄は、やはり桜かなと思います。
アクリル絵具を使い、フリーハンドでの描画に挑戦。
下絵は描かずに直接絵付けします。
まあこんなもんでしょう。絵心ゼロの自分としては納得の出来です。
そして、彫り込んだ源氏香図に銀の塗装を施して外観はほほ完成です。
最後の仕上げです。
用途が毛鉤ケースなので、100円ショップで買った椅子用のキズ防止シールを適当な大きさにカットし、毛鉤を引っ掛けて収納するパーツとします。
まあ、初めて作ったにしてはよくやったということにしておきましょう。いちおう、実戦で使うのが楽しみではあります。
エピローグ
自分の頭の中のイメージを形にするという所作を行ったのは、少なくとも社会に出てからは初めてかなという気がします。
結果としての作品の不出来は仕方ありませんが、やりきった充実感は十分に味わえました。
今回得た知見を生かして、今度はもう少しマシな出来栄えにしたいと思いました。
(おわり)